臨床サイドからみたヘパリン起因性血小板減少症 ◆はじめに 血小板減少は臨床検査において経験する頻度が高い病態である。白血病や再生不良性貧血などの血液疾患、敗血症、DlC、多臓器不全、hemodilution、脾機能亢進、などが原因であることが多いが、へパリンの副作用であるヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia:HIT)による減少が散見される。HITは比較的頻度が多いものの未だ周知されておらず臨床診断に手間取ることも多い。 ◆ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)とは HITの臨床上の特徴 | ◆ ヘパリン投与中に発症する | ◆ 血小板数が急激に減少する | ◆ ヘパリンの投与中止により血小板数が急速に回復する | ◆ しばしば、動静脈血栓・塞栓を合併する |
HITはヘパリンの使用中に血小板減少を来すヘパリンの副作用であり、少なからず動静脈血栓症を合併してくる。臨床上の特徴として、@ヘパリン(未分画、低分子分画を問わない)を投与中(血液透析のように間歇的投与や、点滴回路のヘパリンロックも含まれる)に発症する、A血小板数が急激に減少する、Bヘパリンの投与中止により血小板数が急速に回復する、Cしばしば、動静脈血栓・塞栓を合併する、ことがあげられる。 ◆HITの分類 HITはtypeT と typeUの2つのタイプに分類される。ヘパリンの血小板直接刺激により血小板数減少が引き起こされるtypeTと、一過性に出現するヘパリン依存性自己抗体(抗ヘパリン-血小板第4 因子複合体抗体:HIT抗体)が血小板を活性化するために血小板数減少を引き起こすHIT typeUである。ヘパリンの副作用として重篤な合併症を引き起こすのはHIT typeUである。また、HITにより血栓症を合併したものをHeparin-induced thrombocytopenia and thrombosis: HITTまたはHeparin-induced thrombocytopenia and thrombosis syndrome: HITTSと称することもある。 HIT typeUにはヘパリンの投与歴がなくともHIT抗体を有する症例があり、ヘパリンを投与すると数時間でHITを発症するEarly onset typeやヘパリン投与中に一度HITを発症(診断されているか否かは問題とならない)し、ヘパリンを中止したものの、100日以内に再度ヘパリンを再投与すると数時間以内にHITを再発するRapid onset typeなどの急激に発症するタイプの存在が知られている。このようにヘパリン開始から血小板数減少が認められるまでの間隔が短時間でもHIT typeUであり得ることも知っておく必要がある。 ◆病因・病態 HIT type Iはヘパリンによる血小板直接刺激のために発生すると考えられており、ヘパリン投与例の約10%に発生すると報告されている。一般的には血小板数も10万/μL以下になることは少なく、重篤な血栓性合併症を伴うことも稀であるとされている。しかし最近、集中治療を必要とするような重篤な患者にヘパリンを使用すると血栓性合併症を伴うHIT type Iも発症することが報告されている。敗血症、多発外傷、大手術後に集中治療を必要とする重篤な患者では原疾患により血小板機能が亢進しており、これにヘパリンの血小板刺激作用が加わって、血小板減少・血栓症が更に悪化すると考えられている。 HIT typeUは免疫学的機序を介し発症し、HIT typeTと異なりヘパリンの投与量は少量でも発症する。体内に投与されたヘパリンはその中和物質である血小板第4因子(PF4)と結合し複合体となる。この複合体に対する、抗ヘパリン-PF4複合体抗体(HIT抗体)が産生されヘパリン-PF4複合体に反応し、免疫複合体を形成し、これが血小板膜上に存在するFcγUaレセプターを介して血小板凝集を引き起こす。最近では、PF4のみならずneutrophil-activating peptide-2やinterleukin-8とヘパリンの複合体もHIT抗体の抗原となっているという報告もあるが、大部分のHIT抗体は、PF4とヘパリンの複合体を抗原とする抗体で、ほとんどはヘパリン開始5〜10日後に、遅くともほとんどが2週間以内に出現する。HIT抗体の出現により、血小板板が2〜15万/μLにまで急激に減少するが、ヘパリン投与が短期間であれば軽度の血小板減少で止まる例も見られる。 ◆発生頻度 HIT typeTはヘパリン投与例の約10%に発生する。ヘパリン投与中に軽度の血小板減少を見かけるが、ほとんどはこのタイプである。しかし、血栓性合併症の合併・極度の血小板減少は極めてまれであるとされているが、前述のごとく、血小板を活性化する病態が存在する場合は血栓性合併症に注意を要する。 HIT typeUはtype Iに比し発症頻度は低く、1〜3%と報告されているが欧米では血栓性合併症まで合併する例が約1/3あると報告されている。HIT typeUは未分画ヘパリンの方が低分子分画ヘパリンより、またウシ由来ヘパリンの方がブタ由来ヘパリンより発症しやすく、また外科的処置を受けた場合にヘパリンを投与されたときの方が内科的処置を受けたものより発症しやすい。本邦ではブタ由来のヘパリンが多く使用されているが、それによる透析患者のHITの発生頻度は初回導入期で3.9%と報告されている。また急性心筋梗塞患者では、ヘパリン未使用者でも、HIT抗体の保有者があり、ヘパリンを使用すると非常に短時間の内にEarly onset typeのHITを発症するタイプも少なからず存在する。
これら報告された頻度からわかるように、臨床の場ではHIT発症に注意が促されるはずであるが、本邦での認識は未だ不十分である。特にヘパリンの使用頻度か高いと考えられる血液透析領域や循環器領域(心臓カテーテル治療や開心術時にヘパリンを使用)でさえ、HITという副作用が十分に認識されていない現況である。これらの領域でさえHIT type Uに気づかない理由は以下のように考えられる。@HIT typeUはヘパリン投与初期に発症することが多く、血液透析導入施設に集中して発症する、A循環器領域の患者ではHITの補助治療薬である抗血小板剤を投与されていることが多い、B循環器領域の患者ではヘパリンの連続投与期間が短く、ヘパリン中止後に発症しても軽症ですむことが多い、D循環器領域の患者ではヘパリンを再投与される間隔が数ヶ月空くことが多く、この間にHIT抗体価の減少が起こり、次回のヘパリン投与が短期問であれば発症におち至りにくい、等が考えられる。 ◆診断 HITの診断 | ◆ 血小板数の減少 | ◆ 動静脈血栓症の発症 | ◆ 回路内の凝固・残血 (体外循環) | ◆ 臨床検査:血小板凝集能、HIT抗体 |
HITの診断はまず、HITを疑わなければならない。HITを疑う兆候は、@血小板数の減少、A動静脈血栓症の発症(脳梗塞、心筋梗塞、下肢壊死など)、B体外循環症例では、回路内の凝固・残血が初期兆候であることが多く(この時点では、血小板数減少は軽度であることもある)、そのままヘパリン投与を続ければ回路内凝血のため体外循環不能となることが多い、等である。 臨床検査は以下のようなものが必要である。 1. 血小板凝集能測定 ・ヘパリン惹起血小板凝集能:健常人の血小板に、患者の血清(IgG)及びヘパリンを添加し、凝集の有無を見る。
・ 14Cセロトニン放出試験:14Cセロトニンを取リ込ませた健常人の血小板に、患者の血漿及びヘパリンを添加し、セロトニンの放出をみる。感度は高いが、ラジオアイソトープを使用するため、本邦では実施施設が限られる。
2. ELISAによるHIT抗体の検出 ・抗原としてPF4-ヘパリン複合体を固相化させ、患者血清を反応させた後に酵素標識抗ヒト免疫グロブリン抗体で比色する。 実際の臨床の場では、血小板凝集能とHIT抗体の検出を組み合わせて診断を行う必要がある。 ヘパリン起因性血小板減少症の診断・処置
HIT抗体 | ヘパリン惹起血小板凝集 | 判定 | 処置 | 陰性 | 陰性 | HIT typeUを否定 | ヘパリン継続可 | 陰性 | 陽性 | HIT typeU? | ヘパリン中止、抗凝固剤変更 (抗体の種類が異なるための現象?) | 中〜弱陽性 | 陰性 | HIT typeU | ヘパリン中止、抗凝固剤変更 | 強陽性 | 陽性 | HIT typeU | ヘパリン中止、抗凝固剤変更 |
◆治療 HITはヘパリンの副作用であることを考えれば、治療の原則はヘパリン投与の中止である。しかしHIT type Iでは、抗血小板剤を内服しながらヘパリン投与を継続することもある。HIT typeUではヘパリン投与の中止が必須である。更に、動静脈血栓症やDICを合併している症例では、代替の抗凝固剤投与や抗血小板剤投与も必要となる。これらは前述したように、血栓形成の機序が、血小板の活性化・内皮の活性化による、組織因子の産生などによることを考えれば理解しやすい。 1. 抗凝固剤 1)低分子分画ヘパリン 本剤はHIT typeUの発症は未分画ヘパリンより低いと報告されているが、血小板活性化作用を持ち、またHIT抗体と80〜100%の交叉反応を示すとされており、代替薬剤としては不向きである。 2)ダナパロイド(低分子ヘパリノイド) ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、コンドロイチン硫酸の混合物である本剤は、欧米ではヘパリンの代替薬品として推奨されている。しかし、in vivoでの交叉反応が約5%あり、慎重に使用すべきであり、本邦ではHITに禁忌とされている。
3)ヒルジン ヘパリンと構造上相同性がなく、腎排泄であり、腎機能低下患者への投与には注意を要する。また分子量が大きいため抗原性がありアナフィラキシーショックの頻度が高く、また本邦では使用できない。
4)アルガトロバン 我が国で開発された本剤はヘパリンと構造上相同性がなく、腎機能の影響を受けず、分子量が小さいため抗原性がなく、代替薬品として適切である。アルガトロバンは岡本らにより1978年に合成された世界初の選択的かつ直接的抗トロンビン剤である。アルギニンを骨格に持ち分子量527と小さく、トロンビンの活性部位に直接結合し、ATV、HCUをcofactorとして必要とせず抗凝固作用を発現し、Xaに対しての阻害作用は認めない。トロンビンとの結合は可逆的であるため著明な出血傾向を引き起こしにくいとされている。また、トロンビンによる血小板凝集を強力に阻害するが、ヘパリンに見られるような血小板刺激作用はない。HIT typeU患者の待機的冠動脈形成術や透析療法では、ヘパリン代替に、アルガトロバンの使用が行われている。アルガトロバンはHIT typeUに対する治療薬として、すでにFDAで承認されている。
5)メシル酸ナファモスタット 代替薬品として可能性があるが、抗凝固作用弱く、HIT typeUと診断された血液透析患者の代替として用いた場合は、亢進した凝固状態を単独では抑制できないこともしばしば経験する。さらに、高K血症・アナフィラキシーなど副作用が多いため注意を要する。また、メシル酸ナファモスタットは現在のところHIT typeUに対する治療薬として承認されていない。
6)ワーファリン 本剤をHIT type Uの急性期患者に投与すると、皮膚壊疽を著明に悪化させ四肢の切断が必要となることが報告されている。特に、INR (International Normalized Ratio)が4以上と極端に延長している場合や、TAT (Thrombin-antithrombin complex) が高値を示し、すでに血栓の存在が明らかな場合に悪化する。これは、ワーファリンにより、プロテインCによる抗凝固系が抑制されるためと考えられている。ワーファリンはHIT type Uの急性期治療には原則禁忌で、血小板数が回復した後の慢性期には使用できる。
2.抗血小板剤 急性動脈閉塞を来している場合は抗血小板剤が必要となることもあるが、血小板数が減少しているため、出血傾向が新たに出現してくる可能性もある。アスピリンはHIT抗体によって活性化された血小板を抑制する作用は強くない。しかし、PF4の分泌抑制作用を持ち、投与する価値のある薬剤である。また、ADP受容体を遮断する作用を持った抗血小板剤がHIT抗体による血小板活性化を抑制することが期待されているが、十分なエビデンスはない。Glycoprotein Ub/Va受容体阻害薬はHIT抗体が血小板を活性化するのを抑制するが、PF4の分泌は抑制できない。また、HIT患者に投与すると重篤な出血傾向が発生することも報告されており、十分な注意が必要である。確かに、抗血小板剤の投与は血小板凝集・マイクロパーティクルの産生・PF4の分泌を抑制できる可能性があるが、抗血小板剤を投与しつつ、ヘパリン投与も継続することは内皮細胞の活性化を持続することになるので、HITの治療薬としての意義は小さい。 ◆まとめ ヘパリンは優れた抗凝固剤であり、広く使用される薬剤である。しかし、日常診療において使用頻度が高い薬品であるが故、副作用を熟知することが必要である。今回取リ上げたHITは比較的頻度が多いものの未だ周知されておらず、本稿がHITに対する知識の浸透の手掛かりとなれば幸いである。 (すずき内科クリニック 鈴木俊示、兵庫県立淡路病院 松尾武文) 
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